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November 25, 2009

G虐的Gファン2009(126)

織田淳太郎『巨人軍に葬られた男たち』
(新潮OH!文庫 2000年)
初出は1997年・風媒社

Ⅰ「あるドラフト1位投手の死」
と、
Ⅱ「スーパースターの涙」
の2編を収録。

Ⅰは、いわゆる「湯口事件(この表記が適切かどうかは
ここでは議論しない)」を
Ⅱは、1988年のシーズン終了直前の、王貞治監督(当時)の
「解任」をめぐる人間模様を扱っている。

が、メインは、明らかに「Ⅰ」のほうである。
本書の題名からしてそうだが、
著者による「被害者(湯口投手)」と
「加害者(巨人軍や川上監督・中尾二軍監督(いずれも当時)」
との位置づけは明確である。
それだけに著者の主張・執筆の意図は
強烈に伝わってくるし、
詳細に事実関係を調べた上で湯口投手の死の真相を求める
迫力には圧倒されるものがある。
(また本書を読む限り、「Gの体質を批判するために、
湯口投手のこの件を引用している」他の記事や情報の多くが、
実はGを批判する以上に、同投手の尊厳を傷つけて
いるようにも思えてくる。)

が、見方を変えれば
「巨人軍」や川上監督、中尾二軍監督等が
あまりにも「わかりやすい悪役」以上には描かれていない、
というか、得体の知れない「巨悪」には触れず、
叩けるところだけ叩いて事足れり、といった矮小な正義感を
感じないでもないところが多少不満ではある。

『巨人軍 陰のベストナイン』の著者は
多くの情報を提示し自分の意見・主張もたくさん出しながら、
「結論」は、あくまで読者の判断にまかせていた。
しかし本書の著者は
「自分の主張・結論を読者に強要」しているように感じる。
もちろんどちらにも良し悪しはあるし、
そもそもこの二書を対比させて語るのが妥当かどうか、
という問題もあるが、
正直、ノンフィクションライターとしての懐の深さは、
上前氏と織田氏とでは違っているな、と私は思った。

「Ⅱ」のほうは、「巨人軍の王さん」の最終期を
ドライな筆致で感傷的に描いた秀作。
その後の王さんが、巨人軍とは距離を置いた立場で
地位と実績を築いたことを知っている
今の私たちが読むと、なおのこと感慨深い内容である。
Houmuraretaotokotachi

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