23 July 2007

「太陽がいっぱい」

題名と主演俳優の名前とあらすじは
かなり前にきいていたのだが、
ちゃんと見たのは、
2年半前に、
今晩と同じくNHK-BSで放送されたときだった。
「感動」という言葉を安易に使うのは
あまり好きではないのだが、
そんな私が本気で「感動した」映画のひとつである。

・・・まあ、はっきり言って
作中の警察の捜査は、
どう考えても間抜けだな、
という印象は拭えない
(リコルディ刑事役の男優が
結構渋くてカッコいいので
なおさらそのギャップを感じる)わけだが
そうでないと、
あの「感動」も成立しないということで
了解するしかあるまい。

ところでアラン・ドロンは今年で何歳?


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20 May 2006

チャップリンの独裁者

C・チャップリン監督・主演(1940年、米国)。

言うまでもない「名作」だが、近くのホームセンターで
500円くらいのDVDで売っていたので買ってみた。

20年位前に、TVで見たとき、
この映画のラストシーン近くの例の”大演説”のシーンに、
なにか、すっきりとしないものを感じた。

・・・というと「お前は全体主義者か」とか「民主主義を否定するのか」
とか「チャップリンのヒューマニズムを理解できないなんてかわいそう」
とか、とにかくいろいろ言われそうだが、
そういうことでは、ない。

あの場面で演説を始めたのは「独裁者ヒンケル」ではなく、
「ユダヤ人の理髪師」、であることは言うまでもない。
ただ、それは映画を見ている私(たち)には自明のことでも、
作中の登場人物でそれを知っているのは、ほとんどいないはずなのだ。

とすると、あの演説が終わったあとに、(作中の)多数の聴衆が
大喝采を送ったのは、
「その演説の内容に賛意を示した・あるいは感動した」からなのだろうか?
それとも
「独裁者ヒンケルの言葉だから、そうしないわけにはいかなかった」
という意味なのだろうか?

「いや、あの演説は「作中の理髪師の台詞」ではなく、
チャップリン個人の意見表明なのだ」
という解釈も、もちろん成立すると思う。
しかし、その場合には、私はもっと居心地が悪くなる。
チャップリンは、自分の個人的なメッセージに大喝采が送られる、
というシーンを堂々と撮り、公開したのか、と。

今回、改めてDVDで見て・・・結局その疑問はそのまま、だった。
そして、ある意味、それでいいのかも知れない、とも思った。

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