それはそこに旧線跡があるからだ(112)
これは・・・11年前の夏。
(奥羽本線 釜淵~大滝 旧・八敷代橋梁
2004年7月1日 (山形県真室川町))
この時期は、ここの隣町で、仕事をしていました。
これは・・・11年前の夏。
(奥羽本線 釜淵~大滝 旧・八敷代橋梁
2004年7月1日 (山形県真室川町))
この時期は、ここの隣町で、仕事をしていました。
(110)の3年前に八敷代に行ったときの写真。
(奥羽本線 釜淵~大滝 旧・八敷代橋梁
2006年10月20日 (山形県真室川町))
橋桁が撤去される前にもっときちんと見ておけば、
と、橋脚と橋台が残った写真を見るたびに思います。
(109)の「6年前」に八敷代に行ったときの写真。
(奥羽本線 釜淵~大滝 旧・八敷代橋梁
2009年11月19日 (山形県真室川町))
この日はほかにもいろいろ行っているのですが、
本家サイトのほうも含めて未公開のものがほとんどです。
「落橋工法」によって撤去されたのは2003年の1月。
そのあと、2~3回見に来ていましたが、
今回は・・・6年ぶりです。
(奥羽本線 釜淵~大滝 旧・八敷代橋梁
2015年9月13日 (山形県真室川町))
この駅から見る、福島方の山の様子は、いつも素敵だと思います。
2013年の7月に、大勢で来たこともあったのですが、
2014年の7月は、一人できました。
微妙に天気が良くないのが逆に良かったと思います。
(2013年5月13日 大沢)
藪を越えるのも朽ちた倒木を跨ぐのも、
その先に、錆びた線路や使われなくなって久しい信号器などが
あるから。
ここでは、私自身を含めどんな動植物も人工物も、ある意味「平等」。
旧線跡を見るために必要なのは、地位でも役職でも知識でも弁舌でもなく、
ただ「それがある場所まで、歩くこと」である。
実に、清々しい思いになった一日であった。
・・・しかしその翌日には、
私は地位を持つ者を羨み不相応な役職に拘泥し、
浅薄な知識と空虚な弁舌を自ら弄ぶという日常に戻るわけであった・・・。
前にも似たようなことを書いた気がしますが、
同じ旧線跡・廃線跡でも、状況はどんどん変わります。
前に見に行ったときには「あった」ものが、
次に見に行ったときには「なかった」ということは、
よくあります。
でも、だからこそ、
前に「見落としていた」「見つけられなかった」ものを、
次に「見た」ときは、それなりにうれしいものです。
(2013年5月13日 板谷)
この「沢清水」は、どちらかというと、
「撮って欲しくない」と主張しているように
感じられました。
(2013年5月2日 大沢)
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