25 December 2016

11年前の12月25日「も」日曜日

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(2006M(R24編成) 奥羽本線 青森駅 2003年7月28日撮影)

本ブログの
2006年12月25日の記事を再掲します。

>「去年(※2005年のこと)の今日は日曜日。

>地域の子ども会のクリスマス会の日だった。
>それが終わったあと近くの家電量販店に行って、
>あるコンピューターソフトを買ってきて
>夕食を挟んでそれをずっと試していた。
>(その後そのソフトはなかなか使う気になれないでいる。)
と>にかく、午後8時過ぎまでTVは見ていなかったし、
>ネットもしていなかった。

>前日と同じく、普通の休日、のはずだった。
>午後8時半ころに、ヤフーニュースのヘッドラインを見るまでは。」

その日の、そのあとのことは・・・覚えてはいるのですが、
詳しく書く気には、なりません。


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11年前の12月25日は日曜日(2)

25122005

一般的に、であれ、自分だけにとって、であれ、
重要なできごとがあった日のことは、

「○月○日」、だけでなく
「○曜日」、まで、
私は、強く、記憶に残すほうです。

2005年の12月25日は、日曜日。

・・・画像のカレンダーは、まだ、自宅の壁にあります。

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24 December 2016

11年前の12月25日は日曜日(1)

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(羽越本線 砂越~北余目 (山形県庄内町)
2016年8月5日撮影)

以前にもこのブログで書いていますが、
私が「ここ」に初めて来たのは1999年の8月でした。

「初めて来た」ときから「そのとき」までは、6年4カ月、
それから、現在までは、ちょうど11年。


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07 November 2014

2014年7月29日 仙台駅の近く

20140729sendai

前から気になっている煉瓦アーチですが、
詳細はわかりません・・・

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10 September 2012

ということです

私が羽越本線に通う回数は、
来年からは間違いなく減ってくると思います。
いや、今年もかなり減ってますけど確かに。

でも、前のエントリのコメント欄に情報を寄せていただいたように、
485いなほの退役が迫っている、という状況ですので、
できるだけ見に行きたいとも思います・・・。

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17 March 2012

やはりこっちのほうが

やはりこっちのほうが
雪は少ないのですね。

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25 December 2011

6年前から結局剥がせないままのカレンダー

2005年のカレンダー。

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12月25日は、日曜日・・・。

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30 November 2011

『松木壽雄 写真集 山形の鉄道情景 昭和30~40年代(下)』

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松木壽雄 著・写真(エリエイ/プレス・アイゼンバーン:2011年10月21日発行)

圧巻は
「米坂線迂回の急行日本海(1964年9月・50~51ページ)」。
本務機・後補機とも9600形。
(米坂線では9600形終焉時期の写真も極めて鮮烈。)

そのほかにも
「EF16」あるいは「EF64」補機の「キハ80系つばさ」の様々な姿
(5、8、9、14~17ページ)に
「一体どこから撮りました?!」という感じの
庭坂~赤岩間の写真(10~11ページ)、
さらには
「うちの裏山(笑)での撮影」を含む、
左沢線C11(66~77ページ。「うちの裏山」は74と76ページに。)、
と、
個人的には「上」以上に充実した内容と思われた。

ただ、その「うちの裏山」の「鏡山隧道」のことを
松木氏は「柴橋隧道」と表記しておられるのだが、
そのほかにも、隧道や橋梁で
「公式の名称とは異なる呼称」を用いていると思われる箇所が
いくつかあった。
(松木氏は国鉄OBであられるので、その呼称にも
何らかの根拠があるものとも想像されるが。)

ともあれ、「上」「下」とも
「今では走っていない車両の写真ばかり」という以上に、
それぞれの撮影場所の風景が、今とは比較にならないほど
シンプルで、また美しかったことに感嘆させられた。
単に「鉄道写真」ということにとどまらない、
昭和30~40年代の山形県の雰囲気を色濃く伝える
意義のあるシリーズと思う。

なお、「下」の巻末には、
著者の松木氏のあとがきが2ページ分掲載されているが、
それを読むと、
氏は今回の2冊の本に掲載された写真を
撮影していたのと(恐らく)同時期に
なんと「庭坂~赤岩間旧線」(!!)を探訪しておられて
しかもそれについて「機会を改めて発表したい」とも
述べておられるのだ。

他の旧線跡でないですよ、あの「庭坂~赤岩間」ですよ。
その(恐らく)1960年代の姿、ですよ。
・・・その本が出たらもちろん買います。

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29 November 2011

『松木壽雄 写真集 山形の鉄道情景 昭和30~40年代(上)』

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松木壽雄 著・写真(エリエイ/プレス・アイゼンバーン:2011年9月21日発行)

書店に並んだ直後に立ち読みして、すぐに買おうと思ったのだが
「(上)」とあったのに気づき、
「(下)が出てから揃って買おう」と思い直してそのようにした。

極めて貴重な、興味深い写真ばかりだが、
個人的に最も印象に残ったのは66~67ページの見開き。

1966年3月19日・奥羽本線赤湯~北赤湯(信)間を走る
上り特急「やまばと」(キハ80系(キハ82先頭))の写真だが、
「羽州街道架道橋」の東側が、複線化によって改変される前の
状態で、部分的ながらはっきりと写っている。
また、その山形方の盛土の法面が、複線化工事開始直前の雰囲気を
濃厚に伝えているのも極めてリアルな写真である。

・・・ところで、その頃の白竜湖のようすはどうだったのかな、
などと思ったら、なんと(?)「下」の30~33ページに載っていました・・・。

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13 January 2011

『続・事故の鉄道史』

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佐々木 冨泰/網谷りょういち 1995(日本経済評論社)

全13話。
基本的なコンセプトは正篇と同じだが、
この『続』では、事故の犠牲者・被害者についての描写が
質量とも細やかになってきている。
しかし、決して感傷的にはならず、
ましてや、声高に、安っぽい正義を振りかざすことなどありえない。
その意味で、
第10~11話(1956年・参宮線(当時)六軒事故)が、本書の白眉。

個人的に最も強烈だったのは、何と言っても
第12話(1972年・北陸トンネル内列車火災事故)。
私が、小学2年生のときの事故だが、
まさに「鉄道」に関心を持ち始めたその時期に
このニュースに接したことが、
鉄道と「事故」との関連について私の意識に与えた影響は
極めて大きなものがあるはず、と思っている・・・。

なお、
第3話(1931年・山陽本線河内事故)
第13話(1986年・山陰本線餘部橋りょう事故)
は、事故の背景や真因に
独自の調査と史料の読み込みに基づく
合理的な見解・仮説をもって迫ることを試みた”問題作”。


最後に。
網谷氏の2005年の著書『日本の鉄道碑』(日本経済評論社)を
読むと、その時点で既に佐々木冨泰氏は逝去されていたようである。
が、
この『日本の鉄道碑』の初版第1刷の日付は
「2005年5月20日」・・・。

鉄道事故をめぐる報道や世論の昨今の現状を見るにつけ、
最近15年ほどの間に起こった重大事故についても
『事故の鉄道史』的な視点・論点での記述・分析が
いつの日かなされることを期待したい。

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